■Prisoner




彼の人らは、共犯者。ならば、我々は。
----

「お客さん。」

覗き込む少女の芯の通った瞳に起こされ、ソファで身体を休めていたジェレミアは目を開けた。
キッチンから、食欲をそそる良い香が漂ってくる。早めに煮込んでおいて正解だったな、と呟いて、ジェレミアはアーニャに聞き返す。

予測はついているものの、ほんの少しだけ心の準備をさせて欲しかった。

「ゼロ…、いや、スザク」
冷静な口調で、彼女は言い直す。
「今日のは、ただの、スザク」
時は、夕刻。
外は、雨。

玄関前に突っ立っている少年を、家族はたいしたことでもないように招き入れた。まるで待ち望んでいたかのように。

口数の少ない三人の穏やかな食事が済むと、察したアーニャが真っ先に空になった皿を片付ける。
日々の雑務を黙々とこなす姿に、騎士で居た頃の不器用な仕草はもう無い。常識の存在する空間と慣れた生活感に、スザクは苛立ちを覚えた。アーニャは目もくれず、用事の無くなったダイニングを後にする。
「お風呂。入るから」
覗いたら容赦しない、と小さく付け加えたのが、明らかに自分に向けられたものと悟り、スザクは息を飲んだ。
まるで別の世界に存在するかのような感覚に、眩暈を覚える。しかし、ここに来た目的は真逆のものだ。

長い沈黙を経て、素顔を晒したゼロは、かねてからの願いを口にした。
ジェレミアには予想できなかったことではなかったが、そうと悟られないよう、片方だけの目を見張ってみせる。

「その果てに、何を求める?ゼロ…いや、かつての枢木スザク」
「ルルーシュの手にしていたものを、全部」
椅子から立ち上がり、真っ直ぐ向かい合う二人。
「全部背負うと、約束したから」
まだ幼さの残る顔立ちを見て、ジェレミアはふと抱きしめたくなる衝動にかられた。が、その前に抱きすくめられる。
先手を取った腕には、力がこめられ、細い筋肉の硬い質感が伝わってくる。

やがて我に返り、身体を離して半歩後ずさったスザクを、自然とジェレミアが見下ろす形になる。

「皇帝が唯一、ただの人で在り続けられたのは、貴方の中でだけだ」
「僕は拒まれた」
「レクイエムのために」

淡々と、言葉を紡ぐスザク。吐き捨てるような言い草は、拗ねた子供そのものだった。

彼の解釈は間違いではないが、真意は少し違っている、とジェレミアは思った。
主君は遠ざけておきたかったのだ。かつて彼の父母がそうしたように、大事なものを。
情に溺れてしまえば、自分を、目的を見失うからと。それでは、昨日を保持しようとした疎い両親となんら変わりがなくなるからと。

だがやはり二人は若く、交わす言葉も少なく。
結果と過程と、そこに埋まったまま掘り起こせない思いの差を受け入れるには、余りにも時間が足りなかった。

「済んだことに、まだ迷いがあるのか?」「違う!まだ終わっていない。彼がどんな思いで貴方を抱いたのか知りたい」「知ってどうする」「わからない、ただ」

「これも贖罪だと思って……、います」

戻らない人が求めたものに触れたい。叶わないと解っていても、余計に自我を苦しめるだけだと知りつつも。

「一度だけでいい」
縋るような声色は暗かった。
在りし日のルルーシュとさして体格の変わらない少年を、ジェレミアは眩しく思い、そして憐れんだ。

友情という言葉を盾にして、ルルーシュは彼に愛を伝えることなく散った。
もし、ルルーシュが求めた肢体が自分でなければ。
彼よりもずっと脆い自分は、とっくの昔に消えていたことだろう。

よろしい、ならば。

「アーニャ」
大きく声をかけると、濡れたままの髪で肩にタオルを羽織った可憐な少女が、再び現れる。
「湯には浸れ、と言っただろう…」
呆れた物言いに返答はなく、代わりに拭い切れていない髪から、雫が滴った。
「わかってる。もう寝る。おやすみ」
「ああ。おやすみ。今日も良い夢を」
優しくその額にキスを落とすと、少女は恥じらいもせず当たり前のようにジェレミアの頬に触れるだけのキスを返し、自室へと戻っていった。
「おやすみ」
ドアを閉じる前に再度かけられた挨拶は、スザクへのものだった。

やがて、轟、と遠い部屋からドライヤーの息吹が聞こえる。

取り残された二人の横には、綺麗に片付けられたダイニングテーブル。

「望むままに、したまえ」
「貴方の、その、いつも上から見るような姿勢が気に入らないっ」
怒気を孕んだ台詞とはうらはらに、ゆるやかにテーブルに上半身を押し倒され、唇を押し付けられる。
木材の軋む音。
「あの方のやり方は、決して優しくはなかった」
「分かって、いる。だからこうして…」

嗚呼、彼も怖いのか。

世俗に介入せず、農園で平穏の喜びを知った自分には、どうしても彼の責務の重さを計ってやることはできない。
自分だけではない、世界の誰も、彼に追従することは赦されない。

自分という人間を消し、最愛の人を消し。リミットをとうに振り切った期待をかけられ。
到底堪えられない重圧。
それを、更に肉体へのエネルギーへと置換して、ジェレミアを求めてくる。
向けられた方向は違えど、漸近線の間近に生きるのは同じ。

「僕には、まだ、罰が足りない」
耳元で囁かれ、息継ぐ間もなく、深く唇を塞がれた。
忘れられないものと、似て非なる感触。甘い日々を彷彿とさせる、ゆっくりと、滑らかで、優しく穏やかなキス。
「ルルーシュは、こんなこと、しなかったでしょうね」
「……」
「僕だけが嫉妬するのは悔しいから…貴方も巻き添えだ」

シャツのボタンは順々に、丁寧に剥がされていく。
少しずつ露わになる肌に、スザクは目を見開く。
「冷えている、だろう」
ジェレミアは思わず挑発的な言葉を零してしまう。「この機械のような身体を、君は、人として抱けるか?」
スザクは一瞬だけ眉根を潜ませたが、すぐに剥き出しの肩に噛み付いた。赤い歯型がつく。ジェレミアは声も出せない。
「…!」

思わず薄く開いた唇が割られ、尖った舌が入ってきた。間近に迫る閉じない瞳に、真っ直ぐ射られる。
粘膜と粘膜がお互いを侵食し、淫らな音を出した。
「手慣れているな」
「貴方こそ」
どちらからともなく、笑みが零れる。
「無理をしなくてもいい」
「! …貴方こそっ」
熱を帯びた表情が、獲物を横取りされた猫のようで、なんともかわいらしく思えた。

「別に一度や二度でなくてもいい、そういう意味だ」

外は、霧雨からやがて豪雨へ。
夜は永く、時間は、止まらない。
優しい世界の中で彼だけがまだ、エゴに満ちている。
ならば、共に心酔しよう。

彼の人たちは共犯者。我々は、盲信者。






<<天野みるく様のスザジェレ祭り投稿小話です。
天野みるくさま:スザジェレまつり特設サイトへ

ご期待には、全力で。お気に召したら

蛇足あとがき:オール・ハイル・サイコロジカルエゴイズム!ルルが往ってしまうまで、ずっとおあずけ状態だったスザクさん(笑)と、そんなスザクが可愛くてしょうがないジェレミア。

さらに蛇足:アーニャはこの後ジェレミアに「スザク、かわいそう。」と言って、「絶ーッ対に本人には言うなよ!」とか口止めされてるといいと思いました。

clematis

Copyright(C)clematis All Rights Reserved.
Designed:LA   Photo:たいしたことないもの
inserted by FC2 system