■シャイニング




雲ひとつない大空に燦燦と照り付ける太陽、久しく見ていなかった眩しい光り。

あの兄妹と、かつて日本で食べた果物はどれも甘くて熟れていて、たまに意地悪をされて地元の悪ガキ共に奪われたり粗末にされたりしたのも、今ではいい思い出になった、とスザクは心の底から思うようにできるようになった。

C州のオレンジは、日本の蜜柑と少し異なる形状をしている。綺麗な球体は太陽の永久エネルギーを一心に受けて、力強い生命力がその表面の艶に顕れていた。

―そういえば日本で最後に食べた蜜柑…季節外れで、皺皺だったな。

くだらないことほどよく覚えているものだ。一人苦笑して、スザクは目の前のオレンジを力強く剥いた。
ぷしゅ、と果汁の吹き出す音。生命の音。
果汁に、うっかり目を突き刺され、唖然とする。
―なんだ、僕は猫どころか果物にさえ好かれないのか。

はっと我に返ると、二人の気配がない。

「ジェレミア卿…?」

振り返り、辺りを見渡す。
返答はない。

「…アーニャ!?」

急に世界の何処からも取り残された気がして、大きな声を出してしまった。
隣家が数百メートル離れているようなこの農場事情では、声が誰かに知られることはなく、屈強な騎士であった二人のことも心配する必要はない。
それがかえって、不安をつのらせる。

「二人共、何処に…」

手の平に載せたオレンジを、じっと見つめる。
ジェレミアの瞳はどんな色だったか。
―ルルーシュ、君のネーミングセンスは本当に笑えるね。
消えてしまった人に、心中で問い掛ける。「余計なお世話だ」と嘘つきな彼が苦笑いするのが見えた。

深く息を吸い、近くに実っているオレンジをまずは三つほど取って、順々に天高く放り投げてみた。
『日本人は、器用なのですね』
汚れを知らない少女の声が、リフレインする。
畑の中。オーディエンスも、勿論おだててくれる人もいない。それでもこの無為な行為に全く意味がないと、今は信じたくない。

地味に数を増やしながらお手玉を続けていると、後ろの作業用通路から聞こえてきた轟音が次第に大きくなり、トラクターが乱暴に停車した。

「ゆっくり、できたか?」
運転手の元貴族が爽やかに問い掛けてくる。
「…できたみたいね」
隣の少女は答えを待たずして、断定。

自分はどんな顔をしていただろうか。わからない。
子供じみた一人遊びを笑われなかったのが、救いだ。
声をかけられて嬉しかった、そんな素朴な気持ちだけは確かなものだと言える。

「我が農園の自信作。どうだ?」 首にかけたタオルで汗を拭くジェレミアの姿はすっかり様になっている。
「いいですね」

日本の甘く熟れた蜜柑より、ずっと酸っぱくて固いオレンジ。
ぽとぽとと、数個落としてしまったのを、大切に抱き直す。
再びトラクターの轟音が耳を襲った。

「あれ?アーニャ…」
「夕飯の支度にと、先に帰った」
「ふぅん……」
「なんだ、面白くなさそうだな」
「彼女だって辛い目にあってきたはずなのに。成長が早い」
「生意気だ、と言いたいのか?」
「ええ、まあ」

お前らしくていいんじゃないか、とぽんと肩に手を置かれ、スザクは固まった。
「どうした?」
怪訝そうに覗き込むジェレミアの頬を両手で引き寄せ、唇を奪う。
あれほど大事に抱えていたオレンジが、重力で地面に引き寄せられ、余所へ転がる。
抵抗はされなかった。

「お前らしいよ」
いつだったか、ルルーシュに言われた言葉が蘇ってきた。

彼の代わりはいない。

だが生きる喜びと哀しみを、生命の香りを共に分かち合う人を、彼は遺していってくれた。

自分より頭一つ高い彼の顔から、手を離す。
転がった果実を拾いなおして、視線は下に向けたまま。 「……ごめんなさい」
「何を謝る必要がある?」
「今日はそんなつもりで来たのでは、ないのに」
「人の心などいつ変わっても不思議はないさ」

言ったジェレミアも、言われたスザクも、変わらないものを思い出して、微笑んだ。
真っ直ぐ見つめる太陽の色をした瞳、それが何よりの証拠。

「アーニャ、…料理なんて大丈夫なのかなぁ」
「努力の成果は出ている。花嫁修業だそうだ」
「ぷっ…」

声を立てて笑ってしまう。
今この瞬間、間違いなく、自分は優しい世界に癒されている。
青い空は、いつまでも眩しかった。







<<天野みるく様のスザジェレ祭り投稿小話です。
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蛇足あとがき:ジェレミアにいつまでも子供扱いされたいスザクと、そんなスザクがやっぱり可愛くてしょうがないジェレミアを書きたかったんです…。もっと語彙が豊富になりたいです。

さらに蛇足:そういえばカリフォルニアでのオレンジの収穫時期を調べてみたんですが、よくわかりませんでした。

さらに蛇足:そういえば「シャイニング」というスタンリー・キューブリック監督のミステリー映画がありまして。外界と隔離されている点で、オレンジ農園と似ています。(嘘だよ!似てないよ!)

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